はじめに
読書感想の初回は、せっかくなので発酵に関する本を扱おうと思います。
Sandor Ellix Katz 著 『発酵の技法 ―世界の発酵食品と発酵文化の探求』
(水原文 訳、オライリー・ジャパン、2016年、ISBN:978-4-87311-763-8)

自家製発酵界隈ではおそらくすごく有名な発酵研究家、サンダー・E・キャッツ氏の著作です。
ご本人の公式サイトはこちら。
感想:「発酵大事典」 兼 「消費社会への挑戦状」
★★★★☆ 4.0/5.0
- 多種多様な発酵の事例と知識が詰まった、圧倒的ボリュームの「発酵大事典」
- 大量消費社会から食品を私たちの手に取り戻す「文化復興主義」の書
- 基本的に文章のみで分量・作り方は大雑把なため、レシピ本としての利用には注意
① 圧倒的ボリューム&多様性、ただし注意点あり
ひとことで言うと、著者の長年の発酵経験と知識がまるごと詰め込まれているような本です。
構成としては、食材(野菜、乳製品、穀物、肉…)ごとに章が分かれており、それぞれの分野における発酵食品がいくつも紹介されています。
加えて、発酵と発酵食品づくりに関する基本情報や、発酵の事業化、食べ物以外の発酵などにも触れられています。
漬物やヨーグルトなどおなじみのものから、聞いたこともないようなもの(ビーリ、モービー、リジュベラック…)まで、本当に多種多様な発酵食品が紹介されています。
さっと眺めるだけでも楽しいです。

ただ、「ちょっと発酵レシピを見たい」といったニーズに応える本ではないと言えます。
基本的に文字で構成されていますし(挿絵はあるが冒頭以外に写真はない)、それでいて500ページ近くもある大作だからです。
また、材料の分量や作り方も大味な記載が多く、この本だけを頼りにして発酵食品を作るのは少しハードルが高いです。
巻末で訳者が触れているとおり、この本で紹介されている一次情報も確かめるのが確実です。
上記のような注意点はありつつも、この本は全体を通して読者に対して誠実であろうとしており、網羅性・面白さも唯一無二だと思います。
百科事典を見るような気持ちで、気になるところを少しずつ読むスタイルがいいでしょう。
② 消費社会の克服と、文化復興主義の発展
著者は独学で発酵を学んでおり、何らかの生化学的なバックグラウンドがあるわけではないようです。
一般的に、そのような発酵愛好家は、発酵の神秘性を信奉する方向に傾きがちです。(偏見だったらすみません)
一方で、この著者は冷静な視点も持ち合わせており、発酵が万能ではないことや、プラスチック忌避の妥当性などにしっかりと言及しています。
もちろん発酵を生業にしている以上、主張は自然派寄りではありますが、上記のような記載があることで全体的にバランスが取れている印象を受けました。

そんな著者がこの本のいたるところで訴えかけているのは、「消費主義からの脱却」です。
文中では「文化復興主義」というワードと絡めて触れられていますが、端的に言うと消費主義から食品を取り戻せ、という主張です。
つまり、”どこから来てどう作られたのかわからない食材・総菜で飢えを満たし”、”エネルギーを費やす冷蔵技術ありきの生活を送り”、”あらゆる方法で消費者の枠に押し込められている私たち”が、
自分で食材・食品を産み出す術を取り戻し、健康かつ持続可能な生活を送ることを著者は強く望んでいます。

日々の仕事に追われている身としては、そんなこと言われても…というのが率直な思いです。
一方で、そう思ってしまうこと自体、自分が消費者の枠に押し込められていることを如実に表しているのかもしれません。
発酵食品づくりを通して、少しずつですが私も持続可能?な生活を実践していこうと思います。
③ 常識を疑うのはむずかしい、だからこそ価値がある
「常識を疑え」というフレーズはもはや陳腐かもしれません。
しかしながら、まさに著者は私たちの常識(消費社会と資本主義)に疑問を投げかけ、発酵を通じたより持続可能で幸せな人間生活の実践を呼び掛けていると言えます。
この一貫した姿勢が、『発酵の技法』に単なる事典に収まらない意思表明書としての価値を付加しているように思えます。

話はずれますが、私も仕事をしていて経営層の人間に「常識 / 前提を疑え」みたいなことを言われることがあります。
正直、資本家-労働者構造という現代の社会常識に支えてもらっている側の人間がそのフレーズを言うのは片腹痛いです。
常識が壊れたらな!お前らなんかすぐにアレしてやるからな!と思っています。
が、私はどこまで行っても搾取される側なので、「いやーやっぱコンサルたるものそうあるべきですよね!」みたいな顔をして神妙に聞いています。
まだまだ私は常識から抜け出せなさそうです。
おわりに
著者は来日したこともあるようで、その際はザワークラフトづくりのワークショップが開かれたそうな。
【ザワークラウトの作り方】発酵のニューリーダー、サンダー・E. キャッツさん初来日!|haccola
すでに御年60歳を超えていると思いますが、もし再来日する機会があればぜひお会いしてみたいです。
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