はじめに
読書感想では、発酵に関する書籍以外も対象にしていきたいと考えています。
今回は、発酵がテーマではない本の初回感想です。
千早 耿一郎 著 『悪文の構造 機能的な文章とは』
(ちくま学芸文庫、2024年、ISBN:978-4480512635)

著者(1922-2010)は戦前生まれの作家で、会社勤めの傍ら、詩・小説・伝記など多様な文芸活動に携わっていたそうです。
この本自体は、今から約50年前の1979年に刊行されています。そのあと、出版社や装いを変えて2024年に改めて出版されました。
古い本ではありますが、今の時代でも十分すぎるほど役立つ情報を提供してくれます。
感想:悪文を、ばっさばっさと叩き斬る
★★★★⯪ 4.5/5.0
- 工学的な文章読解を念頭に置いた徹底的な「悪文」斬り
- AIの構文解析にも通じる、一般人が習得できる普遍的かつ機能的な文章術
- 文章を構造化する力は、論理的思考力(構造的に考える力)そのものである
① 三島由紀夫の文章すら添削対象
本書の基本構成は、おおむね以下のとおりです。
- 各章の冒頭で、読みやすく伝わりやすい文章の書き方やルールを解説
- それに基づき、巷にあふれるあらゆる文章(悪文)を添削
- たまに機能的で読みやすい良文も紹介
解説書や小説、新聞、法令、著者宛のはがき…など、あらゆる文章が容赦なく添削されます。
添削後の文章は、添削前より確実に読みやすいのが痛快です。
読み手が判断しなければならない、という手間は徹底的に排除されます。
読み手が解釈に困る文章は悪文であり、ひとえに書き手の怠慢だというスタンスです。

三島由紀夫の文章さえ直そうとする原理主義的姿勢は、筆舌に尽くしがたいものがあります。
そして、三島由紀夫の文章さえ、添削後の方がするっと頭に入ってくるのも事実です。
一方で、そこは別に直さなくてもいいのでは、と思う添削箇所も少ないながらあります。
添削内容が誤っているケースもわずかにありました。(例えば、植物の器官である「腺毛」を「繊毛」に修正していますが、これは誤り。「腺毛」のままでOK)
また、本書は文章の構造のみにフォーカスを当てています。
そのため、語彙の選び方や段落構成、章立てなどにはあまり触れていません。
とはいえ不足感はなく、必要な情報だけを選定した結果という印象です。
② 「機能的な文章」は普遍的で、私たちも十分習得できる
AIが自然言語(人間が読み書きする言語)を”理解”するためには、工学的な手法が取られます。
その手法のうち、「構文解析」(文の構成要素同士の関係を明らかにすること)では、
この本で紹介されているのとよく似たやり方で文章が構造化され、意味の推論が行われています。
著者の示す機能的な文章のとらえ方 ≒ AIの構文解析手法 と言ってよいでしょう。
AIと手法が共通しているというのは、本書の構造化手法が普遍的であることを意味します。
つまり、やり方さえ学べば私たち一般人でも十分身につけられるということです。

特別な文才は不要で、意識するのは本書の内容のみです。
それだけで、日本人の上位40%くらいの読解力・文章力は習得できる気がします。
現代社会では、一般人(私も含め)の発信手段が増加し、おおよそ文章の体をなしていない乱文すら平然とnoteで有料配布されています。
「読み手が解釈に困る文章は悪文」という著者のスタンスは、もはや風前の灯火でしょう。
しかしながら、私もあらゆる文章が簡潔、かつ誤解がないものであるべきだと考えています。
伝えたいことがあり、伝えられる立場にあるのなら、上記の姿勢は当然のように思えます。
もちろん、思っているのと実践できているかは別問題ですが。
③ 文章がきれい = 思考がクリア
個人的な話ですが、コンサルタントという職業柄、仕事で文章を書くことが多いです。
ただ、重視されるのは図解力や構成力で、(新人時代以外は)文章自体が問題視されることはあまりありません。
…と思っていたのですが、ここ数年ほど一緒に働いた先輩はかなり文章に厳しい方でした。
資料の確認依頼をするたびに、「目がすべる」「むやみに受動態を使うな」「言い回しが気に入らない」「これで通じると思う?」…とあらゆるダメ出しを受けました。
20代も終わりかけのタイミングで、初歩的かつ的を射た文章指摘をされるのは少し応えました。
しかし、結果的にかなり文章力が上がったので今は心の底から感謝しています。

その後この本を読んだのですが、先輩の指摘と本書の内容は多くが共通していました。
なんというか、読んでいて答え合わせをしている気持ちになったのを覚えています。
結局のところ、人間は言語がなければ思考ができません。
裏を返せば、文章(=言語)を構造化する力があれば、物事を構造的に考えることも可能です。
今の時代、文章の校正自体はAIに頼めばいくらでもしてくれます。
しかし、自分自身の文章能力を上げない限り、いつまで経っても思考力は身につきません。
その意味で、本書はこの時代でも、むしろこの時代こそ必要とされる本なのかもしれません。
おわりに
驚くべきことに、著者は国語研究者などの肩書はなく、あくまで野良の文筆家のようです。
しかも、本業は日本銀行の銀行員だったそうな。
正直、上司の立場でも部下の立場でも、同じ会社にはいてほしくないですね。
永遠に文章のダメ出しをされそうです。
なお、この本を読んでから私の心の片隅にプチ千早耿一郎が住み着いてしまい、
文章(自分の生み出したものも含む)を読むたび「この説明で読者に通じるのだろうか」「わたくしにはさっぱりわからない」「主格と述語が青森と下関くらい離れている」と囁きかけてきます。
どうやらこの本と相性が良すぎたようです。
そのうち主人格を乗っ取られて、現代の悪文に難癖をつけ始めるかもしれません。

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